法律系ライターあさきみえの日々雑感

ライターとしての実績やライターとして日頃思ったり考えてたりしていることが中心です。

2016年05月

数字のトリビアサイト 『Suzie』にて
現在放映中の大河ドラマ「真田丸」に
関する記事を書かせていただきました。

「真田丸」平均視聴率17.7%!過去の大河ドラマと何が違う?

43


半分仕事、半分趣味のような感じで
取り組ませていただきました。

今一番自分の中で興味のあることなので
調べたり書いたりしていて
とても楽しかったです!

調べているうちに、

「ここは史実とどう違うのか」
「これは本当にあった話なのか」

など、どんどん深堀りしていきたくなる
衝動にかられます。 

池波正太郎の時代小説「真田太平記」も
全巻読破してみたくなりました。 

物語の舞台となっている
沼田(群馬県)や上田(長野県)にも
いつか行ってみたいですね。

昨夜流れてきた、京都でセミナー招致や
ライティングのお仕事をされている
大森あゆみさんのメルマガ。

内容はこちらの記事にも
少し書いてあるのだけど。

もうね、昨夜のメルマガを拝読して
「そうそう!そのとおり!!!!!」と
頭をぶんぶん上下に振りたくなった。

「世のため人のため」なんて
所詮きれいごと。

結局は自分がいい思いをしたくて、
気持ち良くなりたくて
やってること。


「なんでライターをやろうと思ったんですか?」
「なんでフリーランスになったんですか?」

これ、よく交流会で初対面の人から
訊かれる質問。

表向きは

「世の中に埋もれている
いいものを取り上げて、
自分の手で発信したい」

という理由。
もちろん、これは真実なのだが。

本当の理由は

「会社勤めが性に合わなかったから。
会社に縛られずに自由に動き回りたかったから。
時間と場所を選ばずできる仕事がしたいと思ったから。」

そう。
結局は「自分のため」。
自分でも、なんて自己中な…と
思うけど。

でも、がまんしていたもの、
自分を縛っていたものを
手放してみたら、
びっくりするくらい身軽になったし、
良い出会いもたくさん入ってきた。

会社勤めしてたときに恐れていた
子供の体調不良も、
保育園からの「お迎えコール」も、
まったく怖くなくなった。

こどもの体温が高いときとか、
無理させずに
すむようになった。

自分で「コレだ!」と思う
仕事を獲得していく面白さにも気づいた。

クライアントさんと仕事の打ち合わせを
する楽しさにも。
(実は昔から「お客さんの会社を訪問して打ち合わせ」っていうの、
ずっと憧れてたんですよねぇ)
 

大森あゆみさんいわく、

「好き、きらい、やりたい、やりたくない。
いつでもどこでもこの4つの基準だけあれば十分です!」

とのこと。

私のライティングの師匠も
同じことをよくブログやFBに書いてるのだが。
 
もっと、自分の本能のままに
「好き、きらい、やりたい、やりたくない」
で生きてみると
もっと人生ラクでパワフルに生きられるよ。

大森あゆみさんには、以前
京都であゆみさんが主催されていた
ランチ会でお会いしたことがあり。
またお会いしたいなー。 

世間はアベノミクス効果で
好景気になっているようだが、
そんな実感も持てない人が多いせいか(?)
「節約」ブームがなかなかおさまらない。

食費など「〜費」と名のつくものを
いかに節約するかが
至上命題のようになっている気がする。
 
だが、なんでもかんでも
「節約」してしまっていいのだろうか?


私も日頃、出かけるときは
交通費をちょっとでも浮かせるするために
あえてめんどくさいルートで行ったり、
昼食代を節約するために
オケの練習にお弁当を作って持って行ったり
ということはある。

しかし、お金をかけるべきところには
積極的にお金を使う。

例えば、本代。

社会人になってからは、図書館が近いところに
ないこともあり、読みたい本があれば
買うようにしている。

私が昔から好きで何度か読んでいる
『知的生活の方法』の著者
渡部昇一氏も
「身銭を切ってでも本を買う」べきだと
主張している。

自分のお金で買ってみないと
本の良し悪しの区別もつかないし、
何より身にならないからだ。


あと、お金をかけるべきは人との交流。

私の学生時代の恩師は、昔から
飲みの席には這ってでも行け!
とずっと主張していて
ついには書籍にもしてしまったが、
いろいろな人と交流できる場には
それこそ「身銭を切ってでも」行った方がいい。

特に、自分で事業をしている人なら
なおさらだ。

理由については前の記事
書いてあるとおりなので読んでほしい。


本も、人との交流もすべて、
自分への投資だ。

そこまで「節約」してしまったら
限りなくつまらない人生になってしまう。
また、人としても、
薄っぺらい人間になってしまうに違いない。


自分の人生をイキイキとさせたければ、
お金をかけるべきところには
しっかりお金をかけたほうがいい。

自分も、自分への投資は
これからも続けていこうと思う。

人間というものは、
慣れたことをしたり、
慣れた場所にいたり、
慣れた人と付き合っているほうが
安心できるもの。


しかし、考えてみてほしい。


毎日決まった
パターンで生活していて、
成長はあるだろうか?
おもしろいことは起きるだろうか?


「場違い」という言葉がある。
たとえば、経営者がたくさん集まるような
パーティーがあるとする。
時間も場所も費用も問題はない。

ただ、興味はあるが
自分はそんな身分じゃないからとか、
きっと場違いに違いないからという
ある意味しょーもない理由をつけて
行かない人はおそらく多いのではないだろうか。

そういう人は、
変わろうとしても
きっと一生変われない。

「行かない」選択をした時点で
今までと変わらない人生を
選んだことになるから。
 
たかがイベント1つで大げさな、と
思うかもしれない。

でも、場違いであっても
そこに飛び込むことで、
何かが変わる可能性だってある。
チャンスの糸がつかめることだってある。

自分も1〜3月くらいまでは、
何かの交流会やパーティーに参加する前は
「絶対絶対、自分なんか場違いだ」
と何度思ったか。

会場近くまで行っておいて
「いや、やっぱり場違いだからやめておこうか」
とおじけづいたこともある。
(実は…)

でも、勇気を出して行ってみたら
何かが変わるかもしれない。
そう自分に言い聞かせて
思い切って飛び込んでみた。

それで、この3ヶ月くらいで
おもしろい人にたくさん出会えた。
思いがけないチャンスをつかんだことも、
出会ったことがご縁で、また別の人を
紹介してもらったこともある。

だから、「場違い」と思うような場所には
思い切って飛び込むべきだ。

今まで行かなかったような場所、
今まで付き合わなかったような人たちに
出会うことで、
人生何かが変わるかもしれない。 

今日は、半年ぶりくらいに
本格的なマンドリンのコンサートへ。

行ってきたのはこちら。
鈴木静一の個展演奏会@東京オペラシティ。

image

その名の通り、著名なマンドリン作曲家の
鈴木静一作品ばかりを集めた
珠玉のプログラムとなっている。

オペラシティに行ったのは何年かぶり。
(前回行ったときはまだ独身の頃)

うちの団体の演奏会チラシを挟ませてもらい、
演奏も聴いてきた。

舞台上の人数が約150名と、
ものすごい人数のオーケストラ。
ベースが9本も並ぶなんて
プロのオーケストラでも見たことない。。

特に素晴らしかったのは
終曲の「朱雀門」。

この曲は、終始ナレーション入るという
一風変わった曲。 


舞台は古い京の都。
主人公は朱雀門で「鬼」に出会い、
あるものを賭けて
すごろくの勝負を挑まれる。

賭け事は好きではないと言って
勝負を断ろうとするが、
「鬼」は自分が負けたら
絶世の美女、渚を引き渡すという。

どうしてもその女性を手に入れたくなった
主人公は、勝負を受けて立つことに。

最初こそ不利な状況に立たされていたが、
後半は逆転して見事鬼に勝利、
主人公は渚との暮らしを始める。

ただし、100日間は
渚に手を出してはならないという
「鬼」との約束があった。

が、80日めにして、
ついに主人公は禁断を破ってしまう。

その瞬間、渚が異様に
やせほそっていくことに気がつく。
渚の姿が爪先から消え始めていたのだ。

最後は、ひとすじの透明な水となって
渚は完全に姿を消した…

渚を失った主人公は、絶望のあまり
あてどなくふらふらと彷徨い歩く。

たどり着いた先はあの因縁の地、
朱雀門だった……


ストーリーとしてはこんな物語。

ナレーターの男性の迫真せまる演技に、
思わずぞくっとしてしまう場面が
何度もあった。
あれはまたぜひ聴いてみたいし、
自分でも弾いてみたい。


しかし、「妙心寺」だの
「北野」だの「北大路」だの
聞き覚えのある地名が出てきすぎて
思わず反応してしまった(笑)。

 

このページのトップヘ